弁護士とんぐうの弁論準備

裁判例のメモとか。

高校1年生が柔道の練習中に急性硬膜下血腫を発症した事故について顧問教諭の過失が認められた事例

東京地裁平成25年7月3日判決】

 判例タイムズ1393号掲載

 

【事案の概要】

 柔道部在籍の原告が、試合前の練習において部員に投げられた際、急性硬膜下血腫を発症し、寝たきり状態となる事故が発生した。

 原告は発症の17日前、練習で脳しんとうを起こしており、試合前の練習で以前の脳しんとうの際に弱体化していた血管が断裂したことがわかっている。

 原告は4/16の練習中、脳しんとうを起こしたが(この時に頭部を打ったかは明らかではない。)、4/19に通院し、異常所見は認められなかった。その後練習に参加し、頭痛や吐き気等がおきることもあったが、家族以外には話していない。

 原告は初心者だったため、5/3の試合には出場せず、出場選手の打ち込み稽古の相手になるなどしていたが、その際に投げられて発症した(この時に頭部を打ったかは明らかではない。)。

 地裁では学校側の過失無しと判断されたが、原告が不服として控訴した。

 

【判決要旨】

 原判決取消。学校は原告らに対し、10%の過失相殺と若干の損益相殺をした上で約1億8000万円を支払え。

 中高生の、柔道における廃失・死亡事故は1年当たり約5件発生しており、指導教諭は健康状態や体力及び技量等の当該生徒の特製を十分に把握して、それに応じた指導をすることにより、柔道の試合又は練習による事故の発生を未然に防止して事故の被害から当該生徒を保護すべき注意義務を負っている。

 原告は本件事故の約1ヶ月前に柔道を始めたばかりであり、本件事故までに6日間の受け身練習、9日間の通常練習をしたに過ぎなかった。

 発症のきっかけとなった約束稽古は、技とタイミングを予想することが可能な比較的安全な練習方法であるが、練習相手は体重100キロで大会の大将を任されていたのであるから、初心者が練習相手となるのは受傷の危険性が高いことが予見可能であった。

 なお、以前に原告が脳しんとうの診断を受けていたこと、かつ医師からとくに問題がないと言われ、そのまま2週間以上練習に参加していたという経緯はあるが、本件指導教諭の注意義務違反の前提となるわけではない。

 なお、体育連盟や柔道連盟による見舞金は損害の填補としての性質を有するものではなく、損益相殺の対象にはならない。

 

【解説】

 以前「柔道の練習中の事故について顧問に過失が認められなかった事例」として本ブログで紹介した事件の控訴審判決です。原告逆転勝訴ですね。

 なお、発症のきっかけとなった練習で頭を打ったかどうかが一審での争点のひとつだったのですが、二審では微妙にスルーされてますね。

 教師の注意義務違反で一番大きいのは受け身練習6日間しか経験がなかったというところでしょう。半年ばかり経験していた生徒が同じ事故にあった場合に、どういう判断になるかは気になります。

 そもそも、投げ飛ばしたり首を絞めたり関節を曲げたりするスポーツなので、絶対に事故が起きます。そんなスポーツに参加して、脳しんとうで頭痛が残っていたとかそういうことも顧問に言わずに10%しか過失相殺されないのは、個人的には大きく疑問です。

 逆に言えば学校は、柔道で生徒が怪我をすればおおむね負ける、ということを前提として、練習方法や保険加入を検討する必要があるでしょう。

 なお、武道が必修化され、柔道を授業で行うことになっているようですが、初心者同士なんて、初心者と熟練者の組み合わせより危険です。しかも受け身練習は柔道部より少ないわけですから、死亡・後遺症事案連発でしょうね。

八百長力士を解雇したことが有効であるとされた事例

東京地裁平成24年5月24日判決】

 判例タイムズ1393号掲載

 

【事案の概要】

 故意による無気力相撲を行った力士に対し、相撲協会が解雇したところ、当該力士が解雇無効を主張した事案。

 

【判決要旨】

 請求棄却。

 原告力士が無気力相撲を行ったことは十分認定できる。

 無気力相撲相撲協会にとって存立基盤に影響を与えるものであって、継続的な契約関係である本件役務提供契約の維持を困難にするものである。

 原告は、過去にこうした無気力相撲を行った力士は相当数いるにも関わらず処分されていないのであるから、黙認していたと主張するが、相応の証拠が必要なことであり、これまで結果的に見逃されたとしても本件処分が違法であると評価することはできない。

  したがって、被告が原告を解雇したことは不相当であるとは言えない。

 

【解説】

 例の大相撲八百長事件で解雇された力士が解雇無効を主張した事件ですね。

 原告側は雇用契約が成立していることも主張しましたが、裁判所はこれを否定。力士が労働契約法の適用を受けるかは、判断が分かれているところです。本件では、労働者であることを前提としても同じ結論となった可能性は高いと思われますが。

 なお、解雇された力士は月給103万6000円だった模様。

 ちなみに判決には、力士の処遇について詳細に書かれていて結構面白い。新弟子は相撲教習所に行き、幕下以下は月額7万円の養成費が師匠に支給されるようです。ちなみに、弟子が十枚以上に昇進すると、師匠に対して要請奨励金が支払われ、横綱を育てた師匠には(毎月?)30万円が支給される模様。

 力士の給与は、横綱が282万円、大関234万7000円、三役169万3000円、幕内130万9000円、十枚目103万6000円だそうです。

 これは判例の解説ではないですねえ。

不起訴にした少年事件を成人後に公訴提起した事件

【最高裁平成25年6月18日判決】

 判例タイムズ1392号掲載

 

【事案の概要】

 16歳の少年Aが、少年Bを乗せて原付を飲酒運転していたが、歩道縁石に接触した際に少年Bが路上に落ちて高次脳機能障害の後遺症を伴う傷害を負わせた事件において、被害者の記憶が後遺症のため回復せず、Aも「運転していたのはB」などと自らの犯行を否認したため、警察での捜査に2年11か月を要し、いったんは嫌疑不十分として家裁に送致すらしなかったものであるが、被害者からの検察審査会への申立てを機会に補充捜査を行い、改めて事件を再起し、すでに成人していたAを公訴時効完成の8日前に起訴したという事案。

 これに対し弁護人は、捜査遅延のため家庭裁判所の審判を受ける機会を失わせた、全件送致義務違反であり、しかも成人してからわざわざ公訴提起したものであり違法、などとして争った。

 

【判決要旨】

 上告棄却。

 本件では運転者特定まで日時を要したのも仕方ない事情があり、不当に捜査を遅延させたものではない。また、嫌疑不十分である以上はわざわざ家裁に送致しなければならないものではない。そして、改めて補充捜査して嫌疑が認められた以上は、その時点で起訴することも違法ではない。

 

【解説】

 ものすごくざっくり言うと、16歳のガキが2ケツでこけてツレを怪我させたという事件であって、被害は無視できないレベルであるが、行為自体は(被害者の落ち度もあり)この時点で家庭裁判所に送られていれば、刑事罰を受けるようなものではなかったのに、5年ほど放置されてから改めて捜査されることになったために、すでに成人していたAについて公訴提起されたというもの。公訴提起されたということは、高確率で有罪の自由刑が科せられる(執行猶予はあり得る)ことになるわけで、Aもそりゃないよ、と思ったことでしょう。公務員にでもなっていれば免職されてしまいますしね。

 16歳の雑な運転のツケを大人になってから払わされるのはちょっとひどいなと思うし、16歳の時にきちんと家裁で裁いていないと本人の更生という点で意味がなかったんじゃないかと思うのですが。ま、捕まったときに素直に自白していれば終わった話なので、嘘の代償は極めて高かったということですね。 

 B側からすれば、大損害を受けた上に嘘をついて罪を免れようとしたAを時効直前で公訴提起、というドラマのような展開。まあこの人も道交法違反の共犯なんですが。

 

電子ブレーカ事件

【大阪地裁平成24年9月13日判決】

 判例タイムズ1392号掲載

 

【事案の概要】

 電気用品安全法所定の検査を受けていないにも関わらず、PSE表示をして電子ブレーカを販売するY社に対し、品質等の誤認惹起行為にあたるとして、競合メーカーのX社が販売の差止めや損害賠償を求めた事件。 

 

【判決要旨】

 請求棄却。

 電子ブレーカは事業者が導入することが予定されている製品で、Y社はその広告において、電気代が大幅に下がるなどと訴求するも、PSEマークへの言及はなく、製品の写真にもPSE表示は極めて小さくしか写っていない。

 Y社製品は一旦PSEマークを取得したものの、途中で製品仕様を変えたため、改めて検査を受ける必要性が出たが、Y社はこれを認識しないまま販売を続けてきたものであって、監督官庁からは注意を受けたものの、改善命令等を受けることはなかった。

 以上の事情等からすると、形式的には不正競争行為に当たるとしても、これによってX社が販売機会を喪失したとまでは認められない。

 

【解説】

 PSEマークをつけずに売ったのにおとがめなしとは、まっとうな会社が可哀想やんか! と思って読み始めたが、そんな悪質な話でもなさそうでした。ま、忘れてただけみたいな話があるかい、というX社の憤りはもっともであるが。

 不正競争防止法に関係しそうだな、という法律相談はたまに受けるけど、勝てるとはっきり言えないケースが多いのよね。

柔道の練習中の事故について顧問に過失が認められなかった事例

【横浜地裁平成25年2月15日判決】

 判例タイムズ1390号掲載

 

【事案の概要】

 柔道部在籍の原告が、試合前の練習において部員に投げられた際、急性硬膜下血腫を発症し、寝たきり状態となる事故が発生した。

 原告は17日前の練習で脳しんとうを起こしており、試合前の練習で以前の脳しんとうの際に弱体化していた血管が断裂したことがわかっている。

 原告は4/16の練習中、脳しんとうを起こしたが(この時に頭部を打ったかは明らかではない。)、4/19に通院し、異常所見は認められなかった。その後練習に参加し、頭痛や吐き気等がおきることもあったが、家族以外には話していない。

 原告は初心者だったため、5/3の試合には出場せず、出場選手の打ち込み稽古の相手になるなどしていたが、その際に投げられて発症した(この時に頭部を打ったかは明らかではない。)。

 

【判決要旨】

 柔道における傷害により廃失や死亡に至る事故も平成15年からの8年間で86件発生しており、そのうちの55.8%が中高生に発生している。かかる状況下において、指導教諭としては、生徒の健康状態や体力及び技量等の特性を十分把握してそれに応じた指導をし、事故の発生を未然に防止する義務を負う。

 しかしながら、脳しんとうに対する対応について本件事故当時具体的な指針はまだ確立されておらず、体育連盟柔道専門部の証人も、頭痛等の症状を認めなければ協議に復帰させることが一般的であったと述べており、顧問教諭においてより安全な指導方法を認識し得た事情はなかった。

 また、顧問は原告から異常がなかったとの報告を受ける一方、頭痛等の症状を訴えられることはなかったのであるから、本件発症を予見することは困難であった。

 原告は柔道を始めてから6日間、受け身だけを練習し、その後乱取り練習(実戦形式)を含めた練習に参加していたことからすれば、受け身をとる技術を有していたと推認することができる。

 原告は4/23以降、通常の練習に参加しており、大会出場選手らとも組んで練習していたし、高校の柔道部では倍程度の体重差があるもの同士で練習することもままあること、顧問は1年生同士で組むよう指導していたことなどの事情からすれば、顧問に、今回投げ技をかけた相手と稽古相手にしないようにする義務があったとは言えない。

 

【解説】

 この種の事案にしては珍しく学校側勝訴の事案。

 練習中に脳しんとうを起こすことはよくあることだし、頭痛等の症状について伝えられていない顧問としてはどうしようもない事案だろうと思います。脳しんとう後には練習も出ていたようですし。

 もっとも、ちょっとした頭痛くらいで練習を休むなんてのは言い出しにくいのがニッポンのブカツですよね。私は部活は廃止するか、ゆるっゆるのレクリエーションのみにするべきだと思っています。

 なおH24.4.7には、神奈川県高等学校体育連盟柔道専門部から、各高校柔道部顧問にあてて、柔道の試合及び練習中に脳しんとうを認めた生徒の対応について具体的な指針が示されています。あと、入部1ヶ月では受け身はおぼつかないと思いますが。

 こういう危ない競技を義務化しなくてもいいようなものですがねえ。

 

免責を得るためだけの破産申立が許容された例

【東京高裁平成25年3月19日決定】

 判例タイムズ1390号掲載

 

【事案の概要】

 過去に破産手続を申立てたが、その際には免責許可申立をしなかったため免責を受けられなかった破産者が、債権者から執拗に督促され、動産執行まで受けたため、再度破産申立をして免責を求めたところ、免責が認められたため、債権者が申立権の濫用であるとして決定に対して即時抗告した事例。

 

【決定要旨】

 抗告棄却。

 破産手続が適法に開始された以上、その申立が濫用にわたるなどの特段の事情の無い限り、免責許可の申立が許されない理由はないし、本件において許されないとする特段の事情はない。

 

【原審決定要旨】

 債権者は、今回の申立は、債務者が過去の破産手続において免責許可申立を怠っていたにもかかわらず、実質的にこれを行おうとするものであって法の潜脱であると主張する。しかしながら、前件で免責許可を得られなかった破産者が免責許可を得るために破産を申立てることも違法とする定めがあるわけではない。本件において破産者の財産状況や債務状況は、全件と全く同じであるが、このことをもってしても申立が違法になるとは言えない。

 なお破産者は、前件において、破産管財人に対して免責不許可事由はない旨の報告書も提出しており、債権者からの不許可とすべきの書面に対しては反論書も提出しているのであるから、実質的には免責に関する活動も行っている。漫然と期間を徒過したわけではないという点も指摘できる。

 

【解説】

 一般人がよく誤解するところですが、破産手続と免責手続は別の手続で、前者は、債務者の財産を整理して債権者に平等に分配する作業で、後者が借金棒引きにしてよいかを裁判所が判断する手続。

 おそらくこの破産者は自分で申立書を作成したのでしょう。で、裁判所は破産と免責を同時に申立てることが通常なので、まさかやってないとは思わなかったと。もちろん、免責申立てをしない本人が悪いわけだけど、免責不許可を強く言い立てる債権者もいて破産管財人も選任しているのだから、免責許可申立をしていないことがわかったらやるように案内すべきだったということになるでしょうね。もちろん、案内はしたがやらなかった、ということは考えられますが。

 というわけで、これは前件の破産管財人ないし破産裁判所のちょんぼを救済するということにもなりますね。もちろん、単なる手続ミス程度で実質的には免責されていた破産者なんだから、別にもう一度申立てればいいじゃない、というのは自然な結論なので、別に身内をかばったと言いたいわけではありません。

やりすぎた弁護士の例?

【東京地裁平成24年7月9日判決】

 判例タイムズ1389号掲載

 

【事案の概要】

 交通事故で死亡した被害者の相続人らの代理人弁護士が、被害者の死亡は医療過誤による部分もあるとして、医療機関に対しても損害賠償を請求し、示談を成立させ、ついで病院から受領した解決金6600万円の存在を伏せたまま加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起し、結局、加害者とも和解して9000万円を受領した。

 その後、事実経過を知った加害者の保険会社が、上記被害者側の代理人弁護士に対し、損害の二重請求を行ったとして損害賠償を求めた事案。

  被害者側弁護士は、「医療過誤の可能性については加害者側代理人弁護士にも伝えていたし、訴訟告知もしている。被害者側としては病院に確認すれば済む話である。病院から支払を受けた事実を告知すべき法的義務はないし、病院との関係と交通事故加害者との関係では異なる内容の賠償請求を行っているから二重請求ではない」と主張して争った。

 

【判決要旨】

 多数発生している交通事故の事例において、現実に医療過誤が認められ医療機関による損害賠償あるいは交通事故の加害者から医療機関への求償請求がされることは、社会的には稀な事例である。交通事故加害者やその代理人の立場において、被害者側から何ら説明がないときに、医療過誤による損害賠償がされていることを予測して賠償の有無を積極的に調査することを期待することは極めて困難である。本件においては裁判所ですら、医療過誤による損害賠償の可能性を全く考慮に入れず和解案を提示しており、被害者側代理人である被告弁護士は、裁判所や加害者側が医療過誤の損害賠償の帰趨についてまったく了知していないと知ることが当然できた。

 このような事実関係等からすれば、被告としては、和解契約に際して民法及び民事訴訟法に定める信義則上の義務として、医療過誤による解決金の支払を受けた事実を説明すべき義務があった。(従って被告に賠償義務がある。)

 

【解説】

 交通事故被害者が搬送先病院の医療過誤で死亡した場合、交通事故加害者と医療機関と、両方に責任を問うことができます。そして加害者と医療機関は、それぞれの行為が被害者の死亡にどの程度関与したかによって、お互いに割合的に負担部分を決めます。例えば、被害者の遺族らに対し、被害者の死亡による損害賠償として1億円を支払う必要がある場合、病院のミスが7割を占めるのであれば、病院が7000万円、加害者が3000万円を負担します。もっとも、被害者側はどちらに対しても1億円を請求できます(悪いのはお前ら2人なんだから、とりあえず全額払え、負担割合の話はそっちで勝手につけてくれ、というわけです。)。もちろん両方に請求しても、もらえるのは1億円までです。

 んで今回は、上記の例で言えば、被害者側が病院から5000万円もらったのに、加害者に対して1億円まるっと請求して、7000万円もらった、というような事例。どうして被害者側弁護士がそんなことしたのかは謎。一部弁償を受けたと相手に伝える義務はないと考え(信義則上ある、とは判決になるまで断言できない)、被害者にとって最も利益になるように行動した、ということなんですかねえ。