弁護士とんぐうの弁論準備

裁判例のメモとか。

公務員による政治的文書配布が有罪と認められなかった事例

【最高裁平成24年12月7日】

 判例タイムズ1385号掲載

 

【事案の概要】

 厚生労働省職員である被告人が、衆議院選挙に際し、支持政党のため、同党の機関紙や政治的目的を有する文書を、数十箇所の郵便ポスト等に配布したことから、国家公務員法違反で起訴されたという事件。

 なおこの被告人は、当時、社会保険事務所で相談業務などを担当しており、人事権や裁量権はまったく持っていなかった。また、配布は休日に行われた。

 1審では有罪と認め、被告人を罰金刑に処したが、2審では無罪とした。そこで検察官が上告した事案である。

 

【判決の要旨】

 上告棄却。

 処罰対象となる「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、現実的に起こりうるものとして実質的に認められるものを指す。

 本件配布行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、職務と全く無関係に、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり、公務員による行為と認識しうる態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとは言えない。

 

【検討】

 まじめに法律を勉強したことがある人なら、「お、猿払事件判例変更か」と色めき立ちそうな事件だが、単に政治活動と言うほどのことはやってないよ、という判断になったもの。

 なお猿払事件は、管理職ではない郵便局員が、支持政党の公認候補者のポスターを公認掲示場に貼り、あるいはポスターの掲示を依頼して配布したという事件で、有罪。公務員の政治的中立性を損なうような政治活動を規制する刑罰規定は合憲であるとの判例なのだが、仕事が終わった後に候補者のポスター配るくらいええやんけ、と思ったものである。

 もっとも猿払事件の被告人は、公務員が組織していた労働組合の政治的活動として行ったという点で、いわばガチであり、やはり国民からすれば規制やむなしとの声も大きいのかもしれない。

 本件判例は、猿払事件の射程を明らかにしつつ、公務員の政治的中立を規制するのは合理的であり、制限は必要かつ合理的な範囲にとどまると繰り返しており、これまでの最高裁判例を変更するものではないと明確に述べている。

 もっとも、これくらいの条件であれば、公務員が赤旗(あっ)配っても無罪になる、というのがはっきりしたのは非常に大きい意義を有する判決である。